能登半島における文化財レスキューと本場の中世珠洲焼の価値
資料館
松永 篤知 特任助教
文化財レスキュー
珠洲焼

7月13日、資料館の松永篤知特任助教は、石川考古学研究会の文化財レスキューボランティアに参加し、能登町(旧柳田村小間生)の本両寺が所蔵する中世珠洲焼の補強・修復を行いました。同寺の私設展示室「美香庵」に陳列されていた14世紀~15世紀の珠洲焼群が、令和6年能登半島地震によって倒落・破損したためです。
珠洲焼は、古代須恵器の技術的系譜に連なる中世陶器(「中世須恵器」とも呼ぶ)で、12世紀後半~15世紀の日本海側(福井県~北海道南部)において広く流通していました。特に、壺・甕・鉢の主要三器種は、石川県以外でも日本海側の中世遺跡を発掘調査すると、かなりの高確率で出土します。今回の文化財レスキューの対象については、これら主要三器種ではなく、水注、瓶子、三足小鉢、灯明台といった、他の地域では見られないような器種が多くありました。これはまさに、珠洲焼の本場である奥能登地域だからと考えられます。このことから、中世の陶工が、当時の地域のニーズにあわせた特殊な器形の珠洲焼を製作していたことが推察されます。日本考古学の分野では、基本的に広域流通品として認識されている珠洲焼ですが、今回の活動を通じて、本場ならではの奥深さを改めて認識する機会となりました。
なお、「美香庵」の珠洲焼の補強・修復と再展示は無事終了し、奥能登地域の文化財保護に微力ながら貢献ができました。

写真1:補強中の珠洲焼三足小鉢(底面)(本両寺所蔵)

写真2:修復中の珠洲焼壺(本両寺所蔵)

写真3:本両寺「美香庵」での文化財レスキューの様子(1)
※石川考古学研究会のブログから許可を得て転載

写真4:本両寺「美香庵」での文化財レスキューの様子(2)